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<ミャンマーで今、何が?> Vol.6
2012.8.15
http://www.fis-net.co.jp/Myanmar
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■多様な民族を抱えるミャンマー(続編1)
・ロヒンジャーを巡る最近の動き
・近隣諸国の対応は?
・ミャンマーの公式見解
・解決策の見えないロヒンジャー問題
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・ミャンマーで今、何が?
■多様な民族を抱えるミャンマー(続編1)
<ロヒンジャーを巡る最近の動き>
ミャンマーで今何が?を問われればこのロヒンジャー問題に尽きるだろう。
先ずこのロヒンジャーについて説明せねばならないが、これには長い歴史的経緯から話さねばならないので詳しい話は後回しにしよう。だが、その歴史の過程でベンガル地方からバングラデシュの国境を越えてミャンマーのラカイン州に住み着いたムスレム(=イスラム教徒)を“ロヒンジャー”と称することだけは覚えていて欲しい。これは肝心要なことなのでこれを頭に入れて先に進んでください。
今年5月28日に27歳になる一人の仏教徒女性がレイプの末に殺害された。ミャンマー西北部ラカイン州での出来事だ。
このラカイン州の西側はベンガル湾に面する長い海岸線で、その北側をナフ川を境にバングラデシュと国境を接している。バングラデシュは住民の約85%がスンニ派というイスラム教徒の国で、現在ラカイン州には約80万人のロヒンジャーが住んでいる。仏教徒が多数を占めるミャンマーでは最大のムスレム人口を擁する州である。
犯人と目される3人のイスラム教徒が逮捕され、一人は拘留中に自ら首を吊って死亡、他の2名はラカイン州チャオピュー地裁で死刑の判決を受けた。彼らがここで言うロヒンジャーである。
目撃者によれば、この女性暴行に怒った約300人のラカイン州仏教徒がレイプ事件に関連したと誤解してイスラム教巡礼者のバスから10名のムスレムを引き摺り下ろし殴り殺した。この10名のムスレム殺害が今度は逆にロヒンジャー共同社会全体を刺激して、イスラム教徒と仏教徒の間の暴動に発展、しかもラカイン州全域の市町村にこれが飛び火していった。しかし、10名のムスレム殺害では誰も逮捕されていない。
6月9日現在、300件以上の家屋と多数の公共建築物が放火され、暴動・殺人が繰り広げられ、死亡者が7名から30名に上ると報道された。政府は暴動の発生した地域で戒厳令を敷き即座に軍隊を投入した。6月10日、テインセイン大統領はラカイン州全域に非常事態を宣言し、この地域の行政権は軍隊に移管された。
米国のマイケル・サーストン代理大使によれば、13万人が死んだとされる2008年のナーギス台風後の対応とは対照的に、ミャンマー政府の反応は早く暴動発生と同時に即座に国際支援を呼びかけた。実に対照的な動きである。
ラカイン州政府によれば、赤十字・WFP(世界食糧計画)など8つの機関・団体が支援に動いているとのことである。
しかし、この放火・暴動・殺戮はどちらが加害者で、どちらが被害者と単純に断定できる状態ではなく、収拾がつかなくなり、メディアが大きく取上げ、国際社会の関心を引きつけた。この怒りに満ちた報復暴動はお互いに激化し、繰り返され、双方が自分たちが被害者だと語り、相手を口汚くののしり、ネバーエンディングの仁義無き戦いとなった。
だから、仏教徒側の背後にくっついて報道ビデオを撮影すると、残忍なロヒンジャーの暴徒がこちらに向かって攻撃を繰り返し、ロヒンジャー側の背後から写した写真だと竹槍をかざした仏教徒のむごたらしい行為が映っている。この目線でこの問題を捉えると、第三者である外国人にとってはどっちもどっちと全体が見えなくなってしまう。
・・・???ミャンマーでは1982年の市民権法でロヒンジャーを正式に非国民として規定し、1987年その市民権法を施行してロヒンジャーの国籍を剥奪した。
<近隣諸国の対応は?>
アムネスティなどの人権活動グループ、あるいは国連難民高等弁務官事務所などによれば、何百人という避難民が廃船同様のボートに分乗してやっとのことでネフ川対岸のバングラデシュにたどり着くが、バングラデシュは1992年からロヒンジャーを難民として認めておらず、一時的に収容しても簡単な健康チェックののちわずかな食糧と医薬品を持たせて、再度ボートを沖合いに送り出す対応策しか取っていない。
バングラデッシュの言い分はこうである。ミャンマーの軍事政権による迫害で逃げ出しバングラデッシュがこれまでに収容したロヒンジャーの数は約30万人に上る。バングラデシュ自身が貧しい国でこれ以上のロヒンジャーを受け入れることは不可能だというのが公式見解となっている。
5月後半から9月末まではこの辺り一帯はモンスーンの影響を受ける。連日湿って高温の海風が大量の雨を南西の方角から運んでくる。海上は大荒れに荒れる。だから、この時期の漁師は遠出を控え魚網の手入れなどで漁に出ない日が大半だ。したがって、今の時期のボートピープルにとって生命の危険を冒して対岸のバングラデシュに渡るのが精一杯なのである。
この辺りから世界地図を広げて欲しいのだが、モンスーン明けになると、すなわち10月に入るとロヒンジャーにとってはこの廃船同様の中古船でラカイン州を脱出する好シーズンなのである。ロヒンジャーを自国の民族として認めないミャンマー政府の迫害を避けてミャンマー本土の遥か沖合いをひたすら南下する。海上は比較的穏やかとはいえ、沖合いは波も高く、ほとんどがギュウギュウに詰め込んだ積載オーバーの人員でボートそのものが不安定になっている。横波を受けたらひとたまりも無い。老人・婦人・赤ん坊のみならず、沖合いで投げ出されたら泳ぎの達者な若者でもそう長くはもたないだろう。そのリスクを承知しながら10月から5月までの8ヶ月間はロヒンジャーの航海シーズンなのである。
幸運にも海の藻屑とならなかったボートピープルはミャンマーの最南端コートンの対岸の町ラノーンにたどり着く。ここは彼らにとって最悪のミャンマーから脱出できた隣の仏教国タイの町である。しかし、タイ当局もバングラデシュ同様にロヒンジャーに対しては厳しい措置をとっている。タイの海軍はロヒンジャーのボートを沿岸に近づけないか、そのまま追い返す方針である。それでも夜陰に乗じて上陸するボートピープルは後を絶たない。ラノーンで拘束したロヒンジャーをタイ当局は何度と無く強制送還している。時には税金と称してなけなしの金銭を徴収される場合もあると聞く。
違法に我が領土・領海に侵入しようとする外国人・外国船があればそれを追い出すのが我々の仕事であるとボートピープルを扱うタイの高官は語っている。タイは決して約束の地ではない。したがって、飲料水と食料が続けばの話だが、さらにアンダマン海を南下して、優雅なリゾート地であるプーケット沖合いを通り過ぎ、同胞のムスレムが大多数を占めるマレーシア国を目指す。たしかに、マレーシアはロヒンジャーに同情的で、昨年の航海シーズンには8千人というロヒンジャーが廃船同様の小型漁船でラカイン州からマレーシアへの航海に成功して、これはこれまでの記録となっている。
大半のボートピープルはミャンマーの領海を離れる前に逮捕されるか、タイ当局によってはるか沖合いに追い出されてしまう。これによって2008年・2009年には大量のロヒンジャーが沖合いで命を落としている。だから、無事マレーシアに到着できるということは幸運としか言いようがない。
豪華客船ではない、そして無事にマレーシアに到着するのかどうかも請負ってくれない、この危険な航海の船賃は決して安くはない。闇値で一人当たり約250ドルを徴収される。そして幸運にもマレーシアに到着した若者が道路清掃・建築現場での仕事にありつけば、爪に火を灯すようにして4ヶ月に一度ほどこの孝行息子はラカインの親元に約125ドルほどを送金できる。
このマレーシアに平行してインドネシアのスマトラ島、さらに南下するとジャワ島に到着するが、同じムスレム国家であるこのインドネシアは国連・NGOの批判を無視してロヒンジャーの受入れを拒否している。
ここまで見てきたとおり、周辺諸国は決してロヒンジャーに同情的ではない。ロヒンジャーを経済移民と見なし、難民認定をしないのである。日本ですら、難民条約加盟国ではあるが、ロヒンジャーの難民申請に対して入管は強制退去させた例がある。
<ミャンマーの公式見解>
ここで、ミャンマー自身のロヒンジャーに対する法的な取扱いを整理してみよう。
ミャンマーには1982年に制定した“市民権法”がある。ここでロヒンジャーはカチン・シャン・カレンなどと同じミャンマー土着の民族ではないとして外国人居住者と規定している。これは中国人、インド人も同様で市民権は与えられていない。そして1987年にはその市民権法が施行されロヒンジャーの国籍は剥奪された。
英国は1824年から3回の英緬戦争を通じてビルマを植民地化した。その過程でインドから多数のベンガル人・ペルシャ人・ムガール人・トルコ人などが労働力として移民させられた。この中にロヒンジャーもミックスされていたのである。そして第2次大戦後にロヒンジャーは軍組織を作り上げ、新しく独立したばかりのパキスタンのジンナー新大統領に接近しアラカン(ラカイン州の旧名)を東パキスタンの一部に組込むよう画策した。この時の動きがビルマ政府またはミャンマー政府のロヒンジャーに対する不信感と対応策に大きく影響しているとする識者も少なくない。
この大元のところでは、英国による植民地政策が今回のロヒンジャーの大原因であるのだが、老獪で賢明な英国はひっそりとしたままで、米国をして、あるいは欧州諸国をしてミャンマーの民主化に阻害要因であると懸念を表明させ、あるいは国連機関、ロンドンに本部がある国際アムネスティなど欧米の人権問題活動グループがミャンマー政府あるいはテインセイン大統領の対応を非難するに任せたままで、英国政府としては何一つ発言していない。
1970年代後半からビルマ軍はロヒンジャーを採用せず、その前に政府のスタッフとなっていたロヒンジャーも差別・嫌がらせを受け、1974年には緊急移民法を施行してインド・中国・バングラデシュからの移民を大幅に制限した。そしてNRC(国民登録証)の携帯を常時要求されるが、ロヒンジャーはFRC(外国人登録証)の所有しか許されていない。このため学校教育もまともに受けられない。そして、1978年2月6日にはネ・ウィン将軍がイスラム教徒の反乱分子を根こそぎにするキングドラゴン作戦を大々的に行い、その対象はロヒンジャーであったとする説が有力である。当時3ヶ月間で20-25万人の主にロヒンジャーが隣のバングラデシュに逃げ込み、イスラム教国のバングラデシュは臨時の難民キャンプを提供し、国連はロヒンジャーを難民として認定し支援活動を開始した。
ビルマ政府・ミャンマー政府の基本路線は英国植民地の開始する1823年以前から父祖がビルマに住んでいれば市民権を100%認めるが、ロヒンジャーにはこれを証明する書類はない。
そして今年6月、ラカイン州での暴動がエスカレートして、世界中の非難が集まる中、テインセイン大統領は7月12日以下のコメントを発表した。
「我々は我々の民族に対しては責任を取るが、ロヒンジャーは違法に我が国に入国してきたもので、我々の民族ではなく受け入れることはできない。ロヒンジャーを受け入れる第三国があればミャンマーは彼らを送り出そう。国連難民高等弁務官事務所が運営する難民キャンプにロヒンジャーを送還することが考えられる唯一の解決策である。」と述べた。
直接の当事国であるミャンマーとバングラデシュから拒否されたロヒンジャーには国籍がない。この地球上で住む場所がない、さまよえるロヒンジャーとなっている。昔のユダヤ人もそうであった。現在のパレスチナ人も同様だ。自分の住む国がないのである。この地球上に自分の住む場所がないのである。ロヒンジャーの解決策は簡単には見つからないだろう。だが現実問題、ミャンマーのラカイン州に80万人、バングラデシュに30万人、そして違法状態でタイにもマレーシアにも多数住んでいる。2006年にはカナダが割当難民としてロヒンジャーの一部を第三国定住させている。
<解決策の見えないロヒンジャー問題>
外の世界では言論の自由が保障されている。だからみな勝手なことを言う。「国連が何とかしろ。」、「人権問題だからアムネスティが何とかしろ。」、アムネスティも「現地の治安部隊と仏教徒が悪い。」と言う。当事者である「ミャンマー政府の責任、だからテインセイン大統領が何とかしろ。」というのは簡単だが、これでは何の解決策にもならない。
解決策となるアイデアをテインセイン大統領にぶつけるのなら良い。だが、それを提供する知恵者はいない。こういう時になるとイスラム国家は団結して同胞のロヒンジャーを救えと声を高めるが仏教徒を非難するだけでは火に油を注ぐだけで解決策ではない。そして八つ当たりのように、ノーベル賞を受賞したスーチー議員こそ今発言すべきだと難問を突きつける。誰もが、他人負かせなのである。国連の事務総長にしても深い懸念は示すが解決策は示さない。この問題の複雑な根深さがお分かりいただけたと思う。
デレック・ミッチェル新任大使はヤンゴンの米国大使館で赴任後初の記者会見を7月20日に開いた。この知恵者にしてもロヒンジャー問題の解決策は容易に出てこないのだろうか。米国政府としてラカイン州の非常事態に対して3百万ドルの食料支援を行うと発表しただけである。今テインセイン大統領が真に欲しいのは具体的な解決策である。
7月15-17日、バングラデシュの首都ダッカでシェイク・ハシナ女性首相と直接この問題を話合うことになっていたテインセイン大統領は、国内のロヒンジャー問題が流動的なためにそのスケジュールを残念ながら先延ばししてしまった。だが実行力のある大統領である、会談は近いうちに設定されるだろう。そう簡単な解決策は出てこないだろうが、両首脳の会談を期待したい。
前回中国とミャンマーの関係を取扱い、今回はインドとミャンマーの関係を含めてと予定していたが、解決の糸口のないロヒンジャー問題にこだわりすぎた。インド関係は後刻と言うことで読者の皆さまのお許しをいただきたい。
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