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<ミャンマーで今、何が?> Vol.299
2019.1.28

http://www.fis-net.co.jp/Myanmar

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━━【主な目次】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■海賊版DVD“AMAZING GRACE”の秘密−その8

 ・31:ここらで一服、そして購読中止へのお願い

 ・32:悪の根源は英国、それをマネする二流国のアメリカ

 ・33:ウィルビーの歓喜

 ・34:ピット首相の遺言

 ・35:結末は、映画のような、逆転場外満塁ホーマー

 ・36:総仕上げは狸オヤジのフォックス卿に!

 ・公式ツイッター(@magmyanmar1)

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・31:ここらで一服、そして購読中止へのお願い

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この海賊版DVDの英文題名は『Amazing Grace』(副題として「ひとつの声が何百万もの生命をを変えた」)となっている。
副題の部分は、歌詞の文句を取り入れて“Changed=変えた”よりも“Saved=救った”に変えたほうがベターと思ったが、所詮は、ヤジウマ新聞の余計なお世話だ。

『Amazing Grace』は本来は賛美歌の題名であるが、それが映画の題名となった。賛美歌の歌いだしも「♪アメージング・グレース♪」でスタートする。

この映画は、2016年英米合作で製作され、この有名な賛美歌を作詞したジョン・ニュートンの奴隷貿易船船長時代と、それを懺悔する晩年の苦悩をひとつの主要なエピソードとして取り上げている。ほとんどの人は、その感動のエピソードで、この偉大な物語は完結と思っていた。

だが、そのエピソードの裏には、さらに偉大な物語が存在していたと言うことをほとんどの人たちは知らない。ワタシを初め、コンビニ的日本人の間ではそうかもしれない。だが、歴史認識の幅広い、教養溢れる欧米人は、常識的に、この歴史的経緯を知っていたということに、ワタシはショックを受けた。それだけに、この海賊版DVDにヤンゴンで出くわしたとき、言葉では言い表せない感動のカミナリに打たれた。

それだからこそ、7回という長きにわたって、このメルマガは連載という結果になってしまった。ワタシにはジョン・ニュートンのように、神のご加護とか、キリストの救いなどの信仰心はまったくない。

むしろその神の名を利用して、老獪さが醸成されていく、イギリス全体の秘密と言うか極意が、何かあると感じ取ったのである。だが、それは一回鑑賞しただけでは分からない。すなわち、映画館で見ただけでは、そこまで奥深く理解するのは無理だろう。そういう勘が働いたので、“神”に憑かれたように、英文字幕を呼び出し、字幕の一字一句をノートに書き取っていった。

そして分からない英単語はすべて意味を調べ、英国における歴史・固有名詞などは百科事典で、あるいはインターネットのウィキペディアで調べ、理解を深めていった。だから、7回連載という長編になってしまったのだが、そのとき思った。久しぶりに一仕事したという気分になった。

こんな長ったらしいメルマガは退屈だと、コンビニ的読者が「購読停止」のボタンを押してくれればありがたい。スッキリと理解してくれる読者だけが残る。

その上でメルマガの中身を2019年の新戦略として切り替えることを検討してみよう。プロバイダー殿には、まだ相談していないが、「ミャンマーで今、何が?」という名前を残すか、まったく別の再出発をするか、それらを含めて検討してみたい。そのためには、暫くの思案時間が必要だ。これらのことが、今、何十回目かの『Amazing Grace』を鑑賞しながら、頭の中を駆け巡っている。



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・32:悪の根源は英国、それをマネする二流国のアメリカ

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話を本当の主題の物語に戻すと;

24歳という英国最年少首相記録をつくったピット(年少者)が、まず登場する。無学のワタシは、恥ずかしながら、このピットを晩年になってから学び始めた。だが若き学徒と共に勉強するのは楽しい。すると同じピットでも英国首相を2度も務めたオヤジのピット(年長者)の存在も気になる。インドで財を成しマドラス総督となったトマス・ピットの孫と書いてある。

ということはこの家系は、ウィンストン・チャーチルの家系と同様に、ビルマとの関係も考えられる。四方八方に気が散る性分としては、調べることが多すぎる。それを自分に分かりやすく、書き留めたのが、この7回分のメルマガで、読者への親切な説明とはなっていない。

とにかく、そのピット(年少者)首相が学生時代から目をつけた友人に、日本ではほとんど知られていないウィリアム・ウィルバーフォースという舌を噛みそうな長い名前の親友がいた。舌を噛まないように、その後は愛称の“ウィルビー”を採用させてもらった。
学友といっても、イギリスのケンブリッジ大学である。普通の労働者階級では、とてもじゃないが入学できない超名門大学である。

ということは、この二人の主人公は名門の出身ということになる。実際に二人ともそれぞれ緑溢れる広大な田園の中に、多くの召使、従僕たちにかしずかれ、お城のようなお屋敷に住んでいる。このあたりから、イギリスがインドのカースト制よりも厳しい階級社会であることが見えてきた。これらを裏読みしていくと、イギリスの老獪さは、中学・高校・大学で醸し出されるのだが、それ以前に上流階級に生まれるか、下層階級で、すでに選別されていることが分かる。

その頂点に君臨するのが、ゴッド・セイブ・ザ・キングの国王で、今はエリザベス2世という女王の時代である。だから、英国首相といっても、国王の単に“シモベ”でしかない。

日本ではジョン・ニュートンの物語が語り継がれ、精々その程度でしかなかった。ワタシも同レベルである。

だが、そのウラ話のウィルバーフォース議員による20年という不屈の闘いがあったからこそ、大英帝国はスペインもオランダも成し得なかった植民地全地域での奴隷貿易廃止の栄冠と名誉を勝ち得たということができる。歴史的には、ジョンの話よりも、この方がはるかに重大である。

老獪な英国に対してシニカルなキツイ物言いをつければ;

スペイン語でAsiento(請負契約)という言葉がある。歴史的にはスペイン領アメリカに黒人奴隷を供給する「特権」を指し、16世紀中ごろからスペインはアメリカ植民地経営のためにアフリカから黒人奴隷を輸入し、この「特権」を個人に認めてきた。しかし、ユトレヒト条約によって、この“アシエント”は正式に新興海洋国家のイギリスに与えられた。これによってイギリスは国際競争力の場でひとり勝ちしたのである。仕入れコストのかからない黒人奴隷貿易によって大英帝国は世界の富を根こそぎ自国に持ち帰った。

この海賊版DVD映画ではその秘密、そして極意をたっぷりと教えてくれた。
今は、ダイエットの時代で糖分の摂りすぎに注意だが、あの当時の砂糖は薬品に匹敵する貴重な栄養源であった。ヤンゴンの街角でも、旧式の砂糖キビ搾り機で、砂糖キビジュースを飲める。この砂糖キビの大農園プランテーションが、黒人奴隷の出発点だったのである。

イギリスの商人たちは、砂糖キビから製造する糖蜜(モラセス)を西インド諸島から輸入して、精製蒸留してラム酒に加工し、これをアフリカ海岸に運んで黒人奴隷の購入代金とし、仕入れた黒人奴隷をイギリスあるいはアメリカ南部植民地に売り込む三角貿易を考え出し、これによってイギリスは巨万の富をイギリス王室、そしてイギリス政府の国庫に溜め込んだ。

この肝心のストーリーを、英国は、歴史の物語から消し去ろうとしている。
従順な諸外国国家は、その老獪な英国にコロリと騙され、アダム・スミスが説いた「国富論」を後生大事に、地球上の富が歴史的にアンバランスになっていることを正そうとはしない。

この『Amazing Grace』という海賊版DVDは、ヤンゴンのDVD屋で発見したが、これは世界中の人たちにとって、歴史教材の至宝として、見直してよいのではないだろうか?

少なくとも、ヤンゴンにある海賊版DVD大学では、ミャンマーの若者たちに真の世界史を見詰めるための最高のテキストとして、評価した。

このメルマガでは意識的に“海賊版DVD”と嫌味な言い方をしてきた。そして、そのコピー製造が中国において行われていることも明白にした。

今、アメリカがもっとも警戒し、重視しているのは、どのDVDを見ても最初に、FBI(アメリカの連邦捜査局である)のオドロオドロシイ警告文が出てくる。笑ってしまうのが、中国は自分たちがこの違法コピーの首謀者であるにもかかわらず、FBIの警告文もそのままコピーしていることである。

ワタシの主催するヤンゴン海賊版DVD大学には、若くて有望な法律志望の大学生がいる。
ケーススタディとして、その大学生に検討課題を与えている。

中国のDVDコピー製造者、ヤンゴンのコピーDVD販売者、ワタシを含めた一般購入者、さらにはこれを教材としている海賊版DVD大学、という関係者が存在する。FBIの規定が国際的に適用されるとすれば、それぞれの罪状はどうなるか?というのが宿題である。

『Amazing Grace』で学んだ新しい歴史解釈によれば、歴史的に海賊行為を行ってきたのは「英国」と「米国」であるということが立証できるかもしれない。それに比べると村上海賊や倭寇などチッポケなものである。

そうなれば、新しい主権国家であるミャンマーが正々堂々と英米を相手に廻して、歴史の歪みを修正する論陣を張り、英米が黒人奴隷を商品として享受してきた期間と同じく、海賊版DVDに関してはFBIの適用をウン百年サスペンドして欲しいと主張できないか?
そして黒人を商品化した非人道的行為には、別途罰金刑を申し立てたい、と言う理屈が成り立たないものだろうか?

前回のメルマガでは英国船のPrivateerの和文訳を敢えて掲載しなかった。
ブリタニカ国際大百科事典によれば、「王の特許状を得て、外国船の捕獲にあたった私船。エリザベス朝のイギリスの例が有名」となっている。
何のことはない。イギリスが国家的に設けた海賊船である。有名なキャプテン・ドレークも海賊の頭で、エリザベス1世からナイトに叙されて“サー”の称号で呼ばれている。

こうなってくると、オリバー・ストーン監督に倣って、歴史にイチャモンをつけるなら、“海賊版”DVDという名称は大いに意義深いものとなる。

その辺りを、未来を担う若者たちと語り合ってみたい。
今の世の中、素直に飼いならされた中年・老年のコンビニ人間が多すぎる。

話はまたまた横道に逸れてしまったが、映画の最終エピソードに戻ろう。



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・33:ウィルビーの歓喜

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ここはウィルビー邸の暖炉の間、赤々と暖炉が燃えている。そこでガラスが割れる音がして、暖炉の前でウィルビーが唸り声を上げながら床を転げまわっている。

上の階から、お腹を大きくしたバーバラが慌てて降りてくる。
「一体全体どうしたの、メードたちが怖がっているワ!アヘン剤が切れたの、直ぐ探して持ってきましょう!」
「否、アヘン剤はすべて飲みつくした。もう一滴も残ってない!だから、いいんだ!」と言いながら、体を捻ってウィルビーは転げまわる。
「だけど、どこかに残っているはずヨ!探してみましょう!」

「否、いいんだバーバラ! 今、この嬉しさをどう表現したら良いのか、分からないんだ!一緒に祝ってくれ!」と、お腹の大きなバーバラとうれし涙を流しながら階段の下で抱き合った。

ウィルビーが20年間も掛けて闘った法案が正式に英国議会で承認され、その長い臥薪嘗胆の辛さが、体から噴出しようとしている。その勝利の喜びをどうしたらよいか分からない。それを支えて、常に勇気を与えてくれた妻のバーバラに対する感謝も伝えきれない。二人して勝ち取ったこの勝利を。それだけでなく、ウィルビーの周りには長いこと共に闘った大勢の友人たちもいた。



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・34:ピット首相の遺言

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それから、また、2年の歳月が経過した。

二人には男の子、女の子、そしてバーバラのお腹はまた大きくなっていた。
暖かい家庭生活を取り戻すかのように、子供を肩に担ぎながら大邸宅の庭で遊ぶウィルビー。慌しくバーバラが大きなお腹を抱えて「直ぐ戻って!」と大声を掛ける。

場面はピット首相の寝室。
ウィルビーが入っていく。室内では付き添いのメードたち、そして掛かりつけのドクターが忙しく立ち居振舞っている。
ウィルビーに気付くと、ピットは二人だけにしてくれと言い、皆が部屋を出て行くと、ウィルビーがベッドに腰を掛け「回復しつつあると聞いていたのだが?」と声を掛ける。

「Bull」と元気なくピットが言う。ここはやはりBullshitと解釈して、「真に受けちゃダメだ!」ぐらいに訳しておきたい。
ピットが力なくウィルビーの両手を握り「We cracked crowns, didn’t we?」と語りかける。
ここは首相らしい、実に重要な発言で「僕たち二人は、英国の直轄植民地をぶち壊したんだ、違うかい?」

「We left the heads intact」(頭だけは手をつけずにナ!)とウィルビーが応じる。
「Because we’re so pathetically English」(やっぱり、僕たちは、心からイギリス人なんだ)とピットがニッコリ笑ってお返しを言う。
この辺りの英語のアヤは、下手な和訳だと、すべてがぶち壊しとなる。どうぞ、ご自分で辞書、それから英国の歴史書などに相談しながら、楽しんでいただきたい。

大きなタメ息をついてピットが言う。「引継ぎの件は同意を得た」
「おいおい、まだ死んだ訳じゃないゾ!!」

「首相の後釜は、グランビル卿に引き継ぐ。外務卿はチャールズ・フォックスだ。そしてウィルバー!フォックスがすでに宮中から同意を取り付けた。奴隷貿易に付いては、中立を守るとの同意だ。これから君の仕事は、最後の砦に風穴をぶち開けることだ」

「僕は怖いヨ!ウィルバー」
「何が怖いんだ?」
「この期に及んで、君の信仰心が自分にあれば、と願って止まない!」
揺するようにウィルビーがピットの手を握り返す。
「今、言ったことを全部、仕上げてくれ!頼むゾ!ウィルバー!」



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・35:結末は、映画のような、逆転場外満塁ホーマー

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場面はまた変っている。ここは寒々としたどこかの墓地のようだ。
クラークソンが草むらに胡坐をかきポケット瓶を一口飲っている。
「エクイアーノ、知ってのとおり、僕はめったに酒は飲まない!だが、今日は特別だ!」と言って、ポケット瓶の酒をたっぷりと地面に注いだ。
「今日は勝利を祝って、二人で飲もう!」
クラークソンが座り込んだ真正面には、自由黒人エクイアーノの墓碑銘が大写しでアップされている。そして二人だけの会話を楽しむようにクラークソンが独り語りかける。
「あと、一押しなんだ!あと、一押し!」

これは英語でLibationと言って、神への正式な献酒の儀式でもある。

ミャンマーで仏式の行事に招かれると、坊主が読経する際、一番前の席に陣取った平信徒の年長者が、水を途切らすことなく説教の間中、銀の茶器で延々と銀の受け皿に水を注ぐ、これをミャンマー人も英語でLibationと称す。東と西の儀式が似ていることに興味を覚える。やはり文化人類学は面白い。

場面はさらに変り、大庭園の木陰でウィルバーがひとり考え込んでいる。
「私の法案が国王に推挙されない理由は何もないはずだ・・」やはりウィルビーはピット首相に託された最後の仕上げを考えていたのだ。

場面の動きは早い。さらに国会内へと変る。
「議会の名誉ある友人たち全員による採決を、今一度、国王陛下の威厳が及ぶ全帝国内植民地において、奴隷貿易を廃止するよう、緊急提案したい!!」とウィルビーの声が大きくこだまする。

議長執務室に執事が慌しく入室してくる。議長は鬘を脱いで、高いびきで昼寝の真っ最中。
大きく壁をノックしながら「票決が始まってます!」と告げる。
慌てて鬘にバラ水かオー・デ・コローニュをふりかけ、ぬむたい顔付きで下に降り、書記官室をノックする。

「これが投票結果です」と、書記官から集計票を受け取り、議場へ向かう。

本日は、どういう訳か、議事堂は議員席、最上階の一般席も超満員である。クラークソンが一般席の最前列に陣取るのは分かる。だが、ウィルビー議員の愛妻バーバラまでもが、最上階の一般席に来ている。珍しいことがあるものだ。

議長が混雑する議員席の間を掻き分け、上段の議長席へ急ぐ。
例の重々しい「オーダー!オーダー!」の声が威厳を持って議場内に流れる。議員も一人ひとりが自席に戻る。

「内務・外務統括の奴隷貿易法案に関し、大英帝国全地域における奴隷貿易廃止を求める、無修正法案の票決結果を発表する!」
議長横の書記官が書付を読み上げる
「反対16票!」それから間を置いて「賛成283票!!」

与党席、一般席から大きなどよめきが次々に押し寄せる。
続いて拍手の嵐!!

狸オヤジのフォックス内務・外務卿が鬘をむしり取り、感無量の表情で、顔をくしゃくしゃに・・
ウィルビー議員は、歯を噛み締めて、何かを考えているようだ。

議長が重々しく「奴隷貿易廃止の法案が通過したことを、宣言する!!」と声高々と発言した。
与党席の全員が立ち上がり、歓喜の拍手が起こる。そして拍手の矛先は、魂の抜けたように座り続けるウィルビー議員に!!
拍手は鳴り止まない。

敵側の小男クラレンス卿が隣のタールトン議員に「Noblesse oblige」とひと言いう。
「クソったれめが!どんな意味があるのだ?」とタールトンの品格と教養を露呈する、最低限に下等な英語だ。
「私の高貴なこの精神に、貴族でない庶民に特別の温情を掛けろと、ムリヤリ強制するものだ」
周りの与野党議員全員が立ち上がり、盛んに拍手を送る。この二人も仕方無しに立ち上がり、手の裏を叩き不服を表明した。老獪な演技ともいえる。

このノーブレス・オブリージは、元来はラテン語だが、今はフランス語として残っている。
「身分の高い者は、それに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという、欧米社会における基本的な道徳感」と小学館精選版日本国語辞典には出ている。

多分、この解釈はウィリアム・ウィルバーフォース議員などの運動によって、英国の空気にもゼニ儲けだけでなく、社会に貢献する価値観が芽生え浸透した結果、現在の日本の辞典にも採用された解釈ではないだろうか?確かに、成功した人物の大学などへの教育施設、音楽・美術・演劇などの文化施設への寄付は圧倒的に欧米が群を抜いている。



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・36:総仕上げは狸オヤジのフォックス卿に!

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あまりの騒音に、議長が例の「オーダー!静粛に!」を繰り返す。
全員が腰を下ろし、議場が静かになる。
だが、腰を降ろさぬ議員ひとりに皆の注目が集まりはじめる。この法案の責任担当議員ともいうべきフォックス卿だ。鬘もかぶらず、一席ぶつ構えだ。

「人が偉大な人物に言及するとき、ナポレオンのような権力ある人物を想定する。暴力によって権力を掌握した男である。反戦的穏やかな人物を思いつくことは、滅多にない。その印象はまったく対照的である。ナポレオンの戦場から母国への帰還は、威風堂々たる凱旋である。この世の功名心をすべて成し遂げ頂点に立った男である。しかし、戦争の重圧で彼の夢は満足することを知らず、この世を彷徨い続ける」

議員仲間はフォックス卿の淡々とした語り口に、注目して耳を傾ける。スピーチはまだ続く。
「しかし、ウィリアム・ウィルバーフォースは違う。彼を待つ家族のもとに帰っていく。枕に頭を横たえ、そして思い起こす。この世に奴隷貿易はもう存在しない、ということを・・」

最初は疎らだが、力強い拍手が、段々と議場内に湧き起こり、ウィルビーを讃える。
その拍手を認めて、狸オヤジは頷き、静かに着席する。
議場には穏やかな笑顔が幾つも見える。
本来、中立を厳守すべき議長までが、満面の笑みで、大きな拍手をウィルビーに送る。
一般大衆席の前列に陣取ったクラークソンは、涙が止めどないのだろう。何度も手でぬぐっている。その隣に座った、ウィルビーの愛妻バーバラも笑顔でもない茫然とした表情だ。

どう反応していいか分からないウィルビーはゆっくりと立ち上がる。場内すべてがスタンディング・オベイションで迎える。上を見上げ、ウィルビーとバーバラの目が合う。二人の間には言葉で語りきれない、複雑な感情が行き来し、それを認めてお互いに頷きあう。

ピアノ曲が静かに流れ、スクリーンはフェード・アウトしていく。

この映画の出だしもそうだったが、エンディングも英文で何かを伝えようとしている。
「ウィリアム・ウィルバーフォースは残りの人生も不正な行為と闘い続けた。自国の人たちの関心を教育問題、健康問題に変えていった。そして、もうひとつの夢として刑務所改革の実現を目指した。より良き世の中になるように!!」
バックにはピアノ曲が静かに流れる。

そしてもう一度画面は変る。出演者の顔写真が映し出され俳優名と役柄が紹介される。最初は当然ながら、ヨアン・グリフィズ演じる主役のウィリアム・ウィルバーフォース、続いてロモーラ・ガライ演じる妻のバーバラ・スプーナー役、三番目がベネディクト・カンバーバッチのウィリアム・ピット首相、ジョン・ニュートン役のアルバート・フィニーも忘れてはいけない。老獪なチャールズ・フォックス卿役を演じたマイケル・ガンボンも好演が光る。達者な脇役陣が延々と続く。

バックには、バッグパイプによる“アメージング・グレース”が流れている。
改めて、哀調を帯びたこの曲の素晴らしさを再確認する。

話はまた横道に逸れる。
「スコットランド高地人の民族服で、主として男子が着用するタータン地でつくった縦ひだのゆったりした膝丈の巻スカートを“キルト”という」と、ブリタニカ国際百科事典には説明してある。ミャンマーのロンジーと似ているところが、またオモシロい。

紺色のその“キルト”に真紅のユニフォームを羽織ったスコットランドの軍楽隊が総勢約150人。左右に分隊し、この“アメージング・グレース”を厳かに演奏している。左右に分かれた楽隊の中央道を、楽隊長が音頭をとるように哀愁に満ちたバグパイプを奏でながら、一歩一歩と踏みしめるように、最後尾から歩を進める。
左右の楽隊には金属音のシンバルもいれば、タンバリン、そして縦笛、横笛、ドラム、チューバ、トランペットが続く。
勇壮なるアンサンブルというか、見事なオーケストレーションになっている。

実は、この場面が映画では最大の山場である。題名のタイトル通りに、英国が誇る勇壮なスコットランド兵士の楽隊による、哀調を帯びた“アメージング・グレース”をジックリと聞かせて、そして見せてくれる。
老獪でありながら、その一方では、イギリスの名誉に満ちた優雅な誇りを見せつけてくれる。

最後にこの荘厳な音楽儀式を見せてくれる撮影カメラはクレーンで吊り上げられ、音楽隊全体を鳥瞰するように前方高所から映し出す。
この楽隊の後方には荘厳なウエストミンスター寺院が堂々と聳え立っている。

それに被さるように説明文字が走る。
「ウィリアム・ウィルバーフォースは、ウエスト・ミンスター寺院で、彼の友人であるウィリアム・ピットの隣に葬られている」

これでウィリアム・ウィルバーフォースに関する偉大な物語はすべて完了した。
あとは映画につきものの、長い長いタイトル・バック(正式英語はタイトル・バックグラウンドという)が延々と続く。
ワタシは映画館でこのタイトル・バックを眺めるのが昔から好きだった。2時間にわたる映画を作り上げるのにどれだけの人たちが参加しているのか、その裏舞台を覗けるからだ。今は最低5分、長いのになると10分も掛かる。これが終わる頃には、出口の混雑も和らぎ、ゆったりした気持ちで家路につけるからだ。

この連載ものの、今回で終わりだ。ここまで辿り着くのに神経をすり減らした。
本当はこの映画の感想文的な解説が必要だと思うが、今はぐったりして、何かを考えるエネルギーも使い果たした。
ここで筆を置きたい。

体力が回復してから、次のメルマガを考えたい。



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