******************************

<ミャンマーで今、何が?> Vol.295
2019.1.22

http://www.fis-net.co.jp/Myanmar

******************************


━━【主な目次】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■海賊版DVD“AMAZING GRACE”の秘密−その4

 ・14:保守派の大物議員を一本釣り

 ・15:テームズ川河口域を巡るささやかなクルーズ

 ・16:国会の、そして庶民の、風向きが変る

 ・17:狡猾さをもてあそぶ会話

 ・18:ピット首相の凄み

 ・公式ツイッター(@magmyanmar1)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



========================================

・14:保守派の大物議員を一本釣り

========================================


たった16名の反省会だった。だが意見が続出し終には対立、そして分裂の危機が
迫っていた。

ウィルビーの機転は功を奏し、硬軟取り混ぜた采配は見事なものだ。巧妙な舵取
りと、その人徳で、分裂は避けられた。それにウィルビーは幸運でもあった。
敵方の大物議員チャールズ・フォックス卿がひょっこりと反省会に現れたのだ。

招待状は300人の国会議員に届けられた。だが、会合に出席したのはウィリアム
卿ただ一人だった。ウィリアム卿は港町を代表する国会議員として、正直な気持
ちを吐露した。奴隷廃止は人道的に立派な主張だが、奴隷がなければ港町の繁栄
は終焉する。その法案にどうして賛成できよう? たった16名の反省会は蜂の巣
を突いたように騒然となった。

その場に、二人目の野党議員が登場した。この二人目が反対派の超大物であった。

この感激は、正当なイギリス英語で“Dear God!”としか表現できない。

横道に入らせてもらう。
英国の政治家と“スコッチ・ウィスキー”は伝統的に切っても切れない仲である。
チャーチルやサッチャーの伝記映画は何種類も鑑賞した。この“スコッチ”が映
画の山場には必ず登場する。黄門さまの葵の御紋と同じく、重要な小道具である。
サッチャー首相も男社会に囲まれ、神経をすり減らすのであろう。一仕事終え、
プライベートな私室に戻る。高ぶる神経をなだめるため、“スコッチ”を一気に
飲み干す。イギリス初の女性首相とひと言で片付けるのは、コンビニ方式、あの
頑迷固陋な保守王国で、その壁をブレークスルーした神経は超人である。

仮にアナタが下戸だとしよう。そして有望な政治家だったとしよう。だが、アナ
タは英国の首相には絶対になれない。「英国首相とはスコッチなり」の条件に欠
けるからだ。

クラークソンが取り出したポケット瓶、そしてフォックス卿が嬉しそうに受け取っ
たポケット瓶、それが“スコッチ”だった保証は無い。

当時のロンドンっ子は安物の“ジン”で酔っ払った。
クラークソンの気性からして“スコッチ”ではなく“ジン”の可能性大である。
それを飲み干すところに、フォックス卿の心意気と、花形役者の「粋」が感じら
れる。英国では、アルコールひとつで階級まで判断される。イギリス人は老獪に
インドのカースト制度を批難するが、イギリス社会そのものがカースト制度であ
る。お得意の摩り替えである。

杜松の実の香りがする蒸留酒ジンには、免税店でお馴染みのロンドン・ドライジ
ンとかボンベイ・ジンの名がつけられている。海賊版DVD大学「AMAZING GRACE」
コースを受講すれば、そのネイミングは、あの時代の歴史物語に遡ると直ぐに気
付くはずだ。

当時はジンのストレートで酔っ払ったが、今はジン・ベースの、ドライ・マティー
ニ、ダイキリ、ギムレット、シンガポール・スリングなどカクテルが大流行だ。

地元レストランではレモンの緑葉を生で食する。それを安物のジンに漬けておく
と、緑葉が白色化しはじめる。葉緑素がジンの中に抽出されたと勝手に理解して
いる。

ジン・ベースのカクテルでは、レモンあるはライムと相性が抜群に良い。そこか
ら発想したのが、このヤンゴン独自の自家製カクテルである。
安物のラム酒も、特別の薬草を浸け冷暗所に寝かしておくと、いつの日か秘蔵の
Saints drink、“甘露”、に変化しているから不思議だ。



========================================

・15:テームズ川河口域を巡るささやかなクルーズ

========================================



この場面では、ロンドンの当時の港湾シーンがたっぷりと味わえる。しかも昼間
のクルーズだから、海洋ファンとしては、見逃せない見学会である。

野党のお偉方を夫婦で招待する海上ツアーが企画された。幅広い帆船の甲板に客
席が設えられ、一段高いデッキでは、室内管弦楽団が典雅なクラシックを演奏す
る。

シルバーの鬘を被った給仕たちが、上から下まで正装で、シャンペーンを注いで
まわる。給仕たちへの指示はきめ細かい。軽食、スウィート、フルーツ一杯のト
レイが優雅にその間を縫う。空いたグラスには、直ぐにシャンペーンが満たされ
る。奥方たちは川風の微風に心地よく、お喋りに夢中。殿方はすでに鼻の頭が赤
く上機嫌だ。招待された奥方も殿方も全員が上流階級の正装で、初体験のこの海
上ピクニックを楽しんでいる。

大きな舵輪を握る甲板手に主催者が手で合図を送る。
スターボードに舵を切り、備え付けの鐘が鳴らされ、帆船はゆったりと右岸に向
かう。そこには大型の帆船“マダガスカル号”が舫ってある。

「音楽をしばらくストップして!ありがとう!」と主催者が楽団員に叫ぶ。

「レイディーズ&ジェントゥルメン! ひと言ご挨拶を! テームズ川Estuary
(河口域)を巡るささやかなクルーズ、楽しんでいただけましたか?」
太った丸顔の女性が満面笑みで喜びを表す。パイプを燻らす紳士もステッキで豪
快に床を打ち鳴らす。英国紳士特有の満足表現だ。シャンペーン・グラスをトー
ストする紳士もいる。そして主催者に感謝の拍手が一斉に湧き起こる。

「短いツアーもそろそろ終わりです。ひと言、告白したいことがあります。この
一年間、私を支持していただいた議員の皆様への感謝の気持ち・・を。このツアー
のスポンサーは私一人ではありません。このツアーにはもう一人のスポンサーが
います」と言って、隣に舫った大型帆船“マダガスカル号”の上甲板に大きく右
手を差し出した。

そこに我らが主人公、ウィルビーがロープにつかまりながら颯爽と現れる。
「奴はあそこで何をやっているんだ!」突然、不快の感情が声になる。

ウィルビーは役者気取りで「レイディーズ&ジェントゥルメン!これが奴隷船“
マダガスカル号”です。ジャマイカに男・女・子供200人の奴隷を届けて、たっ
た今、西インド諸島からロンドンに戻りました」

皆に戸惑いの色が現れ、婦人たちは一斉に大きなハンカチで鼻を覆う。指の背で
鼻をふさぐ紳士もいる。
「この船がアフリカの港を離れたとき、奴隷の数は600名でした。その半分以上
は病気、あるいは絶望して死に絶えたのです」、ウィルビーの語りは雄弁である。

男女を問わず、鼻をクシュンとする人、嘆きの表情を見せる人が出てくる。楽団
員までが、哀れみの表情をしている。

「皆さんが、今嗅いでいる臭いは“死の臭い”なのです。苦痛に苛まれ、ゆっく
りと、死んでいきました」
丸顔の女性は、今は、泣き顔となっている。

「その臭いを吸い込んでください。胸の中に、深く吸い込んでください!」
ウィルビーが婦人の何人かを指差す。
「貴女も!あなたも!アナタも!鼻に当てているハンカチを外して!」、婦人た
ちは先生に見つかった女生徒のように、慌ててハンカチを降ろす。

「さあ、もう一度吸い込んで!忘れないでください、死の臭いを!忘れないでく
ださい、“マダガスカル号”のことを! 思い出してください“神”は平等に人
間を創ったのですよ!」
そこには、神を仰ぎ見るような感動の顔が、打ち震えながらも、恍惚と光ってい
る。

場面は変り、暖炉の前でウィルバーが語る。

「この冬、仲間たちは英国の主要都市に散っていった。国会に提出する証拠を集
めるためである。鉄金具のクラークソンもブリストル、リバプール、プリマスと、
英国の主要な港湾都市を馬で駆け回った。奴隷船で働いた男を見つけると話し合っ
た。奴隷の状態を知る船医にも会った。鞭で打たれ、胸に烙印を押された奴隷自
身にも会った。エクイアーノは本を書いた。奴隷時代の経験を詳細に書き綴った。
この本は、たった2ヶ月で、5万部も売れた」

「我々の支持者は、西インド諸島からの砂糖を購買せず、奴隷のいないインド産
だけを使用した。あるいは砂糖そのものを使用しなくなった。至る所で効果が現
れたと思った。希望が見えてきた!これこそ本当の希望だ!」
ウィルビーは続ける。「議会を説得する充分な証拠集めに、一年を費やしてしまっ
た」

ウィルビー派の反省会は行動に移され、着実に結実しはじめた。勝利へのシナリ
オを入念に描いていった。

ウィルビーは熱っぽく訴えた。
「人々は旧い慣習で、信じ込まされていた。権威を教会の屋根から引き摺り下ろ
すのだ。真実にカラフルなペンキを塗り、リアルな絵を描く。歌を作って、人を
感動させたい。そして血塗られたパイで、事実をケーキにする」
ウィルビーが語った情熱は、入念に計算され、書き換えられていった。戦術転換
であった。

「だが世の中、甘くない。プランテーションを経営する農園主や船主たちがウワ
サを撒き散らした。社会不安を扇動し、政府転覆の陰謀を図る、破壊分子に気を
つけろ!と騒ぎ立てた。クラークソンがバーミンガムで得たウワサでは、ウィル
ビーが密かに奴隷オンナと結婚したとも囁かれていた」

「これらは我々を勝利へ導く“栄光のスキャンダル”かもしれない」



========================================

・16:国会の、そして庶民の、風向きが変る

========================================


ウィルビーはへこたれない。

戦術転換は功を奏し、議会内の討論内容にも変化がでてきた。

敵の雄弁家タールトン卿が反論する。

「活況を呈している商業都市リバプールの代議員として、証拠など何もないこと
を再び強調したい。アフリカの人たちは、この貿易に何一つ反対していない。そ
れを物語る調書がここにある。西インド諸島では、奴隷の大半は小さくはあるが
自分の庭で、多くのブタや家畜を飼い、快適な生活をしている。このリバプール
では、そんな贅沢の許されない貧乏家族が大勢いる。だから、議会で騒ぐ一部の
人を除いて、イギリス人の大半は奴隷問題などまったく関心がない」

これまでは、投資家や商人、大農園主、船主など上流階級を形成する人たちが批
難の対象だった。が、論点は次第に下層の一般民衆に移っていった。ウィルビー
派にとって一歩前進だ。作戦変更の効果は大きい。

そこで、ウィルビーが立ち上がる。
「名誉ある友人に申し上げたい。リバプールの我々の仲間は、一般の人たちが証
明できるものを探し求めてきた。過去一年間、私と仲間たちは、正にそのような
証拠を集めてきた」

そしてウィルビーが自分の議席から与党・野党の間のオープン・フロアに降りて
くる。両腕にはカーペットのように巻いた、ロール・ペーパーを抱えている。

「これが奴隷貿易の廃止を訴える、英国すべての大都市から集めた請願書である。
全部で390,000人以上の自筆署名がしてある」

一枚一枚裏打ちされ、巻物としてきれいに装丁されている。
その巻物を解きながら、ウィルビーはフロアに、その長い巻物を一気に広げ走ら
せた。
与党も野党も全員が固唾を呑んで上方の席から、長い掛け軸のような、広げられ
た巻物を見下ろしている。

議会内の反応を見定めて、ウィルビーが語る。「だが、この請願書はまだ完成し
ていない」
雄弁家のウィルビーは役者である。
ここでも一呼吸おき「この請願書に名前を追加署名したい人が、あと一人いる」

疑心暗鬼の目が議場内を駆け回る。誰も動かない。議場が凍りつく。
間を置いて、野党席の上方からひとりの議員が毅然と立ち上がる。
そしてフロアに向かってゆっくりと階段を降りてくる。計算された役者の歩調で
ある。
怒号が飛び交う。脚光を浴びているのは、花形役者のフォックス卿であった。

大物が寝返った。異変に気付いたクラレンスが隣席タールトン卿をパタパタ叩き、
「何とかしろ!」と叱責するように促す。

フロアに降り立ったフォックス卿が、勧進帳の弁慶に見えてくる。いつの間にか
書記官が鵞ペンとインク壷を載せたトレイを持って横で待機する。脇役も安宅関
の山伏に見えてくる。

フォックス卿がインクをたっぷりと浸け、鵞ペンを振りかざす。
歌舞伎十八番の大見得を切る場面である。どこからか“なりこま〜や!”の声が
聞こえてきそうな名場面である。

タールトン卿が必死に立ち上がり、大変だー!とばかりに、慌てて議事中断を議
長に申し入れる。「議長!」「議長!」と騒がしい。

そのとき、花形役者は画竜点睛の署名を終え、涼しい表情でフロア一番前の与党
席に陣取る。
議会内もそうだが、DVDのこちらも、固唾を呑む場面だ。

議長も事の成り行きがつかめず、半分オドオド、だが威厳は失いたくない。
フロアの二人の状況を把握しようとする。
そこではタールトンとウィルビーが口をひん曲げ、お互い怒鳴りあっている。
議場は騒然。

この場面を学生たちに見せるが、何が何なのか、さっぱり分からない。
何度も巻き戻し、再度プレイ、それを繰り返す。今のDVDは便利だ。

ここで心底、感心したことがある。

どんなに怒り心頭でも、二人とも手を出さないことだ。二人とも食って掛からん
ばかりの怒りに煮えたぎっている。だが相手を殴るとか、ドツクことをしない。
これこそ成熟した社会ではなかろうか?

老獪だと言われながら、英国は確かに成熟している。江戸時代の1797年に、英国
はすでに大人に成長していた。だから英国にはいろんな分野で、日本人のお手本
となるサンプルが幾らもある。それが老獪のユエンなのかもしれない。

アジア諸国の議場では、インターネットやニュース映画で、乱闘場面を、何度も
見せつけられた。
先進国といわれる日本も例外ではない。経済面だけで先進国とは、巨象の一面で
しかない。

「請願書の署名をチェックするため、時間が必要だ。議長、一時停止を!」ター
ルトンが必死に訴える。
ウィルビーも必死だ「今、一刻、一刻、アフリカの奴隷たちは、ゆっくりと死に
絶えているんだゾ。法案を中断することによって、その死は逆に永遠に続く!こ
のどアホめ!中断するんだったら、奴隷の死を中断しろ!」
タールトンは繰り返すばかりで反論できない。

そこでウィルビーが止めの言葉を吐いた。
「議場内で、オマエがどれほどデカイ声で叫ぼうとも、ピープルの声を掻き消す
ことはできない」タールトンに向けられたウィルビーの人差し指が興奮で震えて
いる。

そのとき、場内が凍りつき、タールトンが「ザ・ピープル?」とひと言ひと言ゆっ
くりと呟き、信じられないという様子で大げさなほど顔をゆがめる。
そして軽蔑したようにウィルビーの顔をまじまじと見つめる。

この重要な場面では、学生たちに注釈が必要だ。

国会といっても、当時の議会は国王のためにある。それは上流階級の権益を守る
ためのものであった。ウィルビーの言葉“ピープル”とは、一般民衆を指し、議
員たちとは異なる下層階級に属する下卑た人民のことである。

その“人民”の声を聞くとは、それでもオマエは議員なのか?というバカにして
見下した言葉をこのタールトンはウィルビーに対して吐いた。
大英帝国の頂点に君臨する国王に歯向かい、謀反に匹敵する言葉ということであ
る。

このウィルビーの不用意なひと言で、今にも議会の風向きを制覇しそうだった、
奴隷制廃止修正法案は、風向きを一気に変え、否決されてしまった。港湾見学ク
ルーズでも手ごたえを感じ、今度こそはと希望を持った。だが“ピープル”のひ
と言で希望は水泡に消えた。

これは学生にとっても非常に重要なので、蛇足として付け加えたい。
字幕のPeopleを、“人々”とか、“民衆”とか、コンビニ的簡便法で和訳しても、
イギリスの当時を、そしてイギリスの社会構造を、それからイギリス人の考え方
を、理解できるものではない。

話はまたまた逸れた。
「静粛に!静粛に!」
議長は戸惑いながら野党の申し入れを受け入れ“議事の一時中止”を宣言した。
そしてタールトンとウィルビーは、今にも噛み付かんばかりに、睨みあったまま
だ。
タールトンは顔を醜く歪め、ウィルビーは波打つように胸が躍る。だが、手は出
さない。

若くして首相となったピットは一番前の与党席に陣取っていた。タールトンと対
峙し、興奮さめやらぬウィルビーを議場外に誘った。



========================================

・17:狡猾さをもてあそぶ会話

========================================


ここはウィルビーの事務室。
顔馴染みの連中が、忙しく働きまわっている。
ウィルビーはもちろん、自由黒人のエクイアーノ、鉄金具のクラークソン、ウィ
ルビーの従兄弟のソーントン国会議員も。ただ一人、寝返った大物議員フォック
ス卿が安楽椅子で狸寝入りしている。英語ではLord Charles Foxと書くので、コ
ンビニ式和訳では、キツネ寝入りが正解かもしれない。

ウィルビーとクラークソンのところに新情報がもたらされた。
「私のスパイ情報によれば、敵側のタールトンとクラレンスが内務大臣に面会に
行ったそうだ」
ウィルビーが頭をひねり「内務大臣といえばダンダス卿だが、何の用件だろう?」

「ダンダス卿は、我々の陣営だ。違うかい?」とクラークソンが答える。

忙しそうに立ち働いている書記係のジェームスに「ダンダス卿はどちらの陣営だ
い?」とウィルビーが大声で質問する。
「多分、多分だが・・」ウゥーんと唸ってジェームスが答える。「昨年、彼は英
国のスコットランドからジャマイカへの奴隷の帰国を禁止した。だからこちら陣
営と看做していいのでは?」

そこで狸寝入りのFox議員が大声を張り上げる。目はつむったままだ。「ダンダ
スには注意しろ!」部屋の全員が大物議員とのヤリトリに注目する。
「奴はスコットランド地区の議決権34票をコントロールしている」目をつむった
ままフォックス議員が貴重なひと言を吐く。

ウィルビーが考えた上で・・「ダンダス議員を信じるしかないナ、その
INTEGRITYを!」と呟く。

フォックス議員がカッと目を開け、ウィルビーを見つめる。そして「INTEGRITY?」
と首を傾げて、立ち上がる。傍らのくしゃくしゃのシルバー鬘を手に、ドアに向
かう。
慌ててウィルビーが問い質す。「どこへ行くんだ?」

「ドクター・ジョンソンの辞書で“Integrity”の意味を調べに出かける」と鬘
を被りなおす。

このフォックス議員とウィルビーのヤリトリは、英語の学徒にとって、しびれる
ほどウィットに富んだ会話であり、英国映画ならではの脚本である。

インテグリティとは日本でも最近多用されるが、「正直、高潔、誠実、完全無欠」
と辞書には書いてある。ドクターとは当然、有名なサミュエル・ジョンソン博士
のことで、その「英語辞典」は英国人の標準英語とされている。
だが人を喰ったところもあり「カラス麦=イングランドでは馬に食わせるが、ス
コットランドでは人間さまの食べ物」などの定義が、逆に人気を呼んでいる。

場面は変り、偉大なる若者ピット英国首相の執務室。

狸オヤジのFox議員が向かった先は、国会図書館ではなく、ピット首相であった。

この英米合作映画を鑑賞すると、政治家はこうあってほしいという老獪な動きを
見せてくれる。

執事に通され、首相の執務机を挟んで二人っきりの会話である。

ピット首相がジョークで先輩議員を迎える。「貴方が悪巧みを企んでいるときは、
まるで自宅でくつろいでいるようにリラックスして見えますヨ!」
「首相閣下殿、アナタの友人ウィルビーは手持ちの切り札を出し尽くしたように
見えます」とカードゲームに引っ掛けて話を持ち出す。

「彼が神の恩寵を感じ、曙光を見た時点で、ウィルビーはカードゲームをやる5
つの社交クラブを退会した。だから、もうゲームはしないはずだ。残念だが、そ
のほうが彼のためになる」とピット首相が応じる。

「首相閣下殿、アナタ自身が、彼のために手札を切るべきだと思うのですが、い
かがでしょう?」狸オヤジのセリフは、イギリス人が聞いたらニヤリとするとこ
ろだ。
「誰に対して?」察しの良い首相が反応する。

「誰かが、ウィルビーの前に立ちはだかっています」
「誰だ。名前を言ってくれ」



========================================

・18:ピット首相の凄み

========================================


場面は変って、イギリスの伝統的なクラブ。
ママが取り仕切る銀座のチープな高級クラブでない。ここはあくまでも本場イギ
リスの格式あるクラブである。

クラブという言葉は元々イギリス起源で、多くは上流社会のメンバーのみで成り
立つ社交クラブを指す。階層別・職業別につくられた親睦団体で、この映画に登
場するクラブも、その時代をたっぷりと反映している。

激しい論戦の後でも、国会議員の与野党メンバーが入り混じって酒を酌み交わす。
スコットランド、アイルランド、イングランド、ウェールズなどそれぞれの故郷
話をするも良し、同窓生として懐かしき高校・大学の歌を合唱するも良し、入り
混じってカード・ゲームを楽しむも良し、という場面が頻繁に出てくる。

マホガニーの壁、執務机は重厚で、これはインドまたはビルマ産と夢想する。昼
も夜も外の光は入らず、薄暗いところがさらに高級感を醸し出している。そして
暖炉が燃えている。
日本人の大好きな密室スタイルではない。

その薄暗い一番奥のテーブルで英国のピット首相が、一人カードを弄んでいる。
そこに鬘を被った紳士が現れ「土曜の夜は、貴方から充分に稼げなかった。だが、
今日は、議会で緊急の要件があるんでネ。カードの相手をする暇がないのだヨ。
勘弁して欲しい」と首相に言い訳する。。

ピットは顔も見ず、向かいの席に相手がいるかのように何枚かカードを配る。
無言の圧力に観念したのだろう。タメ息をつき、この紳士は向かいの席に腰を降
ろす。彼こそフォックス議員が名指した国会議員である。

「首相の耳には、貴方に関する根も葉もないゴシップが水垢のように集まってく
る」と自分のカードを見つめピットが脅す。
「なんのことだ?」

「タールトン卿が、東インド会社の金をばら撒いているとのウワサだ。奴隷制度
反対論者に金を提供するらしい。本当に私の友人なら、そのような申し出はキッ
パリと断るがネ!」
「脅かすつもりか?」と首相を見つめる。
「君は、我々の友好関係を脅している!」とこの男を見つめる。

どうもこの男が、ウィルビーが「高潔さを信じるしかないナ」と言ったダンダス
議員本人のようだ。
その高潔さを疑うフォックス議員は、ジョンソン博士の英語辞典でINTEGITYの意
味を調べてみるんだナ、とは言わずに、自分が調べると発言している。こういう
知的な皮肉を楽しめる国会議員は日本にいるのだろうか?

「私がウィルバーフォースに反対するのは金のためではない」と追求されて本音
が返ってくる。
「彼の敵は、私の敵でもある!」と、首相はさらに凄みを効かす。
ダンダス議員も負けていない。「貴方は血塗られた反逆者と手を携える夢遊病者
のようだ。ウィルバーフォースは、首相に従うのではなく、頭の中を彷徨う牧師
に従っているだけだ」

「君は、幾らで買収された?」とダンダス議員の目を見つめ問い詰める。ピット
首相は確かに若い。だが、その態度には凄みがある。
「農園主は国王に忠誠を尽くし、私も国王に忠実だ」と棄て台詞を吐き、席を立
つ。
「ピストルをお前の頭に突きつけるようなことを、俺にさせないでくれ!」と首
相も動じない。

ダンダスも曲者である。否、イギリスの議会全体が、曲者だらけなのかもしれな
い。日本が多分、おとなしいのだろう。
「ピストルは二丁ある。私が頭を屈めれば、貴方たち二人は同士撃ちだ」と吐き
捨てて、クラブの出口に向かう。

ここからも、ローラーコースターのように、大波乱に突入するのだが、枚数が尽
きたようだ。
次回への続きとしよう。




========================================

公式ツイッター(@magmyanmar1)

========================================


<ミャンマーで今、何が?>の公式ツイッター(@magmyanmar1)をはじめました!


今月よりアカウントを取得し、<ミャンマーで今、何が?>の
公式ツイッター運用を開始いたしました。

公式ツイッターでは読者のみなさまからの感想などをツイートしていただけると
嬉しいです。

ツイッターをご利用の方はぜひ『フォロー』をお願いいたします。

現在のところリプライには対応しておりませんので、
質問等は下記メールアドレスまでご連絡ください。

お問合せ:magmyanmar@fis-net.co.jp 

公式ツイッターをぜひご覧ください。


■公式ツイッターはこちら

https://twitter.com/magmyanmar1




東西南北研究所




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ご意見、ご感想、ご要望をお待ちしております!
 http://www.fis-net.co.jp/Myanmar
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
※「ミャンマーは今?」の全文または一部の文章をホームページ、メーリングリ
スト、ニュースグループまたは他のメディア、社内メーリングリスト、社内掲示
板等への無断転載を禁止します。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
※登録解除については下記のページからおこなえます。
 ○購読をキャンセル: http://www.fis-net.co.jp/Myanmar
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 発行元:ミャンマーメールマガジン事務局( magmyanmar@fis-net.co.jp )
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━