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<ミャンマーで今、何が?> Vol.204
2016.10.20

http://www.fis-net.co.jp/Myanmar

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■シャン州慕情

 ・01: 世界が変わる

 ・02: エルビス・オン・マイ・マインド

 ・03:シャン州の中の日本人

 ・04: ドンキホーテの挑戦

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01: 世界が変わる

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パラダイムが大きく変化しようとする時代、過去の手法では対処しきれないという。米国の科学史家トーマス・クーンの理屈である。ミャンマーが今その状態にある。過去のスピードではついていけないからだ。明日はスピードがさらに加速する。だからオバマ大統領はスーチーとの会談でゲーム・チェンジ時代のパートナーシップという言葉を使用した。

今年の11月8日には次期米国大統領が決まる。オバマ大統領は来年早々に政権を去る。だが、ミャンマーの民主化はオバマの偉大な功績として歴史に残る。それだけにスーチーとはじっくりと話し込んだ。駆け引きではない。スーパー大国が弱小国を相手に画期的なフェアな協定を結んだ。オバマが気にかけることは後世の歴史家の評価だけだ。

これはスーパー大国のパートナーたりうるスーチーがいたからこそ成し得た歴史の偶然で、ミャンマーにとってセレンディピティーであったといえる。官僚がお膳立てする通訳付き首脳会談では多分、達成不可能だっただろう。

パラダイムを冷静に分析したオバマの未来予測も凄いが、ひるむことなく話題を共有できるスーチーも凄いと、友人であるアメリカ人学者は私の疑問にこう解説してくれた。

立花隆はこう語っている。おそらく、一番濃縮された情報を日常的に受け取っているのはアメリカの大統領だろうと。その一日は、毎朝CIAの係官が届ける、前日の重要な国内外のさまざまな動きを簡潔にまとめたブリーフィング・ペーパーに目を通すことから始まる。個別的な重要問題については、すぐに大統領直属のスタッフがポジション・ペーパーをまとめ、なすべき政策判断のオプションが要領よくまとめられている。しかも、オプションの予想される政治的リアクションまで書かれている。



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02: エルビス・オン・マイ・マインド 

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8月は4年ぶりに日本に戻り1ヶ月以上滞在した。6日:広島への原爆投下、8日:ソ連の対日宣戦布告、9日:長崎への原爆投下、14日:御前会議でポツダム宣言受諾を決定、15日:正午、日本軍無条件降伏の玉音放送=終戦とされる。と敗戦日本の記念行事が多かったが、今回はまったく別の話をしたい。

では、翌日の8月16日は何の日だろう?
エルビスの命日である。42歳の若さでこの世を去った。1977年のことである。
彼こそ、世界の音楽界に革命を起こした人物である。最初は米国のテネシー州ナッシュビルに衝撃を起こした。そしてその波紋は米国全土に広がった。それに留まらず海を渡って津波のように旧大陸を飲み込んだ。英国のビートルズやエリック・クラップトンも多大な影響を受けた。日劇という東京のど真ん中ですら、山下敬二郎、平尾昌晃、ミッキー・カーチスが模倣した。観客も金切り声で歓迎した。その張本人こそ、エルビス・プレスリーであった。

それだけではない。エルビスの大邸宅グレースランドでブッシュ大統領夫妻の見守る中、はしゃぎまくった日本国の大総理大臣閣下をご記憶だろうか?

その命日にフアンの集いが銀座の山野楽器であった。
ミーハーで知られるヤンゴンから到着したばかりの研究所所長は、その会場に紛れ込んだ。ジイさんバーさんに化けた"昔の若者たち"が会場にビッシリと集まっていた。本物そっくりのハゲや白髪で見事な変身ぶりだ。

それほど広くない場内ではエルビスの名曲が流れている。"昔の若者たち"が手拍子で、あるいはストンプで自由気ままにリズムをとっていた。老人ホームの陰鬱さはない。"昔の若者たち"の目が輝いている。ステージの上ではエルビス最後の物語が詳しく語られる。そしてエルビスを気取った日本人歌手が真っ白の上下で身を包み、自慢の喉を聞かせてくれる。エルビスのホンモノにははるかに及ばない。だが、そんなことはどうでもいい。時空を超えて、この瞬間全員が70年代を謳歌しているのだ。しかも、伴奏のアコースティック・ギターがせつない哀愁を響す。

警備の責任者に断ってビデオもバッチリと撮らしてもらった。これはシャン州の友人たちへの貴重なお土産となる。シャン州の友人と私の深い付き合いは、エルビスにはじまる。だからエルビス最後のアルバム「ウェイダウン・イン・ザ・ジャングルルーム」も購入した。グレースランドの録音室がジャングルルームと呼ばれている。選りすぐりのミュージシャンを周りに集め、冗談を交わしながらの録音風景がそのまま記録されている。もう少し高音部を効かせろとか、水を持ってきてくれとか、途中で愛犬が騒ぎリハーサルは中断。こうして最高のアルバムが創られていく。エルビスだからこその最高のメンバーを揃えた贅沢だ。



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03: シャン州の中の日本人

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エレベーターの中でハンチングを被った男に出会った。その不敵な態度からてっきり中国人と読んだ。敵も私を中国人と推測したそうだ。だが、満面の笑顔で名刺をくれた。今では最も頼りにできる私の義弟となっている。シャン州コミュニティーの副会長でもある。面倒見が実によく、同コミュニティーになくてはならないオーガナイザーでもある。

ある時、夫人あるいは成人した子供たち同伴の私的パーティーに招待してくれた。主要メンバーの自宅に20数名集まった。みな芸達者だ。ギターはもちろん、キーボード、バンジョー、マラカス、パーカッションと勝手に参加する。シャン州のフォルクローレも歌われるが、懐かしの英語版オールディーズもいくつも聞こえてく:る。さらにはたった一人の日本人のために、北国の春、昴、瀬戸の花嫁などと気を遣ってくれる。

だが、彼らの選曲から、遠い昔の時代を共有していたことを知った。それがエルビスだった。
中学から高校時代にかけて進駐軍放送のFENがラジオから流れてきた。東京代々木のワシントン・ハイツが発信地であった。パティ・ページの"テネシーワルツ"や"チェインジング・パートナー"が聞こえてきた。英語が全くわからないまま、海の向こうの世界に憧れた。

ある時、金曜日の夜8時頃だったか、軽快なリズムが流れるていることに気付いた。後になって知ったことだが、テネシー州ナッシュビルにあるカントリーミュージックの殿堂"グランド・オール・オプレー"からの一週間遅れの中継だった。当時は在日駐留軍家族のためにその録音を空軍機が毎週運んでいたらしい。それが中学生の私だった。

ジム・リーブス、テネシー・アニーフォード、ハンク・ウィリアムス、ハンク・スノウ、学校で習う英語は100%分からず、ラジオの英語も何一つ聞き取れないが、軽快なそして哀愁を帯びたカントリーミュージックには完全に魅入られてしまった。その時の思い出がシャン州での人脈作りに、大いに役立っている。仲介者はもちろん偉大なエルビスである。

シャン州の友人たちも同じではないが、似た経験をしている。
イタリア人の尼僧たちが、山岳地帯に石造りのカソリックの教会を建てた。天井が突拍子もなく高い教会に足を踏み入れると、空気がひんやりとして、赤青黄色のステンドグラスを通して光が差し込む。頭上の柱には天使が羽根を広げて飛び回っているようだ。尼僧たちはニッコリ笑って、みな優しかった。裸足の子供たちを温かく迎えてくれた。口にとろけるクッキーまでみなに配ってくれた。

公立の学校でも、私立の学校でもなかったが、町中の、村中の子供たちが集まってきた。中にはいくつも山を越えて歩いてきた子供たちもいる。それがサンデー・スクールのはじまりだった。そして英語の歌を覚えた。二重唱だったり、輪唱だったり、そしてギターも教えてもらった。特に男の子たちがギターに夢中になった。みな競ってコードを覚えた。スコットランド民謡、アメリカ民謡、イタリアの音楽と、子供たちの世界は大きく膨らんでいった。彼らの視野を広げるのに、このカソリック教会は大いに貢献してくれた。だが、彼らのいまの日常生活を覗くと、そのほとんどが敬虔な仏教徒で、ことあるごとに、その仏教行事にも誘ってくれる。

この友人たちも、私と同年代である。彼らの話は、ミャンマーの歴史にも重なっていく。ありきたりの冠婚葬祭の儀式だけではない、大家族の友情がそこには育まれている。しかも、彼らの全員が英語が達者である。イタリア人尼僧たちに習ったからだと全員がそう言う。英語は身を助くとばかりに、彼らの大半がいまリッチな生活をしている。誕生日だけではない、甥っ子がオーストラリアから帰ってきたとか、姪っ子が婚約したとか、機会を見つけては、全員集合が、誰かの音頭取りで、誰かの自宅で、催される。そして進駐軍放送で培った私の調子外れのエルビスもどきに、拍手喝采してくれる。

全てはエルビスのお陰だ。



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04: ドンキホーテの挑戦

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世の中にはビジネスには全く不向きな人種がいる。それが私だ。
だが、いま一大決心をした。しかも最も苦手だった英語をメシのタネにできないかと悪巧みを企画しはじめた。

ゲーム・チェインジングを見透かしたオバマは大量の平和部隊の若者を米国からミャンマーに送り込み、英語教育を最重点課題として絨毯爆撃を開始した。金髪・青い目の本場モノである。ヤンゴンに長いこと居候してきた短足胴長が、それに挑もうとする無謀を承知でのドンキホーテ作戦である。しかも、世界中で笑いもののジャパングリッシュで迎え撃とうと息巻いているので、心ある友人はヤメトケとけと冷静に忠告してくれる。

だが、金髪・青い目は、英語が苦手で落伍していった外国人の真の悩みは知らない。そこが盲点だ。

まだまだiPadの操作は初心者マークである。
この辺りで肩が凝ってきた。続きは次回に。





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