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<ミャンマーで今、何が?> Vol.4
2012.7.31
http://www.fis-net.co.jp/Myanmar
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■ダウェー・プロジェクト
・テインセイン大統領タイを訪問
・タイ訪問の真の目的は
・地政学上の歴史的経緯
・夢の回廊
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・ミャンマーで今、何が?
<テインセイン大統領タイを訪問>
テインセイン大統領は7月22日(日)特別機でタイのドンムアン空港に到着。その日はたっぷりとChon BuriにあるLaem Chabang深海港の視察に費やされた。そして翌23日にはインラック・シナワトラ首相と90分間会談し両国首脳としての共同記者声明を発表した。24日は離陸前に王宮およびエメラルド寺院を見学して3日間のタイ公式訪問を終了した。
昨年3月に就任した大統領としてのタイ訪問は初めてで、インラック・シナワトラ首相からは国賓として栄誉礼を持って迎えられた。しかし、同大統領のタイ訪問は異例のことながら2度にわたって急遽延期され、マスコミ関係者および外交筋に数々の憶測を生んだ。
同大統領はは5月30日から6月1日まで3日間バンコクで開催される“世界経済フォーラム”に出席する予定とされていた。そして自宅軟禁解除後の初の海外訪問先を欧州として報道されてきたスーチー議員が、アセアン加盟国からの度重なる強い説得を受け入れ突如隣国タイ訪問を優先し、しかも政治的イメージの薄い“世界経済フォーラム”のゲストスピーカーを受諾したと報道された。ということは、ミャンマーの民主化改革を推進中のテインセイン大統領と反体制で民主化を呼びかけるスーチー議員が世界のマスコミが注目する中、同じフォーラムで対面することになる。
スーチー議員のタイ訪問スケジュールが発表された直後に、ミャンマーの大統領府広報担当官はテインセイン大統領のタイ訪問を急遽延期すると発表した。それ以上の詳わしい説明がないために、この辺りから大統領とスーチー議員の不和説が内外のマスコミで取上げられるようになる。それに追い討ちをかけ、スーチー議員がタイ訪問中に許可も受けずにミャンマー難民と勝手に接触・対話を行ったとして批判的なコメントがネイピード筋から非公式に流された。
その後、バングラデッシュと国境を接するラカイン州でロヒンジャーを巡る暴動
が引金となり、政府は大統領名で同州内に戒厳令を発布し軍隊を投入して暴動鎮
圧を図った。ロヒンジャーは何世代にもわたってミャンマー領土に違法に移民し
てきたベンガル・ムスレムでミャンマーが認定する135に上るミャンマー民族で
はないとして大統領は公式声明を発表すると同時に、国連機関が難民キャンプを
用意して彼らを収容すべきだとしている。国連はこのミャンマー政府の対応を批
判し、隣国のバングラデッシュはラカイン州に生活する約80万人の国籍無き流浪
の民ロヒンジャーにミャンマー政府は市民権を与えるべきであると政府見解を発
表した。そして、欧州訪問中にロヒンジャー問題につき意見を求められたスーチー
議員は、詳しい状況が分からないとして明確な発言を避けてきた。さらに英米の
首脳は、ヒラリー議員を初めとしてロヒンジャー問題への強い懸念を示し、その
解決をミャンマー政府およびテインセイン大統領に要求している。本件については、宗教上の問題も絡み、事態が流動的で複雑化しているので、東西南北研究所ではもうしばらく成り行きを見極めた上で、この解説に挑戦してみたい。
このような状況下で、ミャンマー政府は国内問題に専念したいとしてテインセイ
ン大統領のタイ訪問を再度延期するという異例の事態となった。
<タイ訪問の真の目的は>
テインセイン大統領のタイ訪問を追跡すると、国賓としてのその旅程はわずか3日間で、しかもその行動範囲はタイの首都バンコクのみに限られ、バンコク郊外のレムチャバン深海港視察が仕事師としての大統領の今回の真の目的であることが浮かび上がってくる。
レムチャバン港は1991年に開港された国際貿易港で、1997年にはバンコク港の貨物取扱量を上回りタイ国最大の港湾となり、2005年には世界で貨物取扱量の最も多いランキングの第20位に急成長している。
ところで“Bankok Bar”をご存知だろうか? これはタニヤ通り、カオサン、ナナプラザを探しても多分見つからないだろう。チャオプラヤなどの大河川は大量の水を運ぶと同時に大量の土砂も上流から運んでくる。そしてそれが河口域のバンコク湾に堆積されて砂州を形成する。その砂州を“バー”と呼び、外航船舶が使用する海図には“バンコク・バー”と記載されている。
昔は、チャオプラヤ川を僅かに上ったクロントイがバンコク港として栄えたが、水深からして載貨重量はせいぜい1万トン程度の小型船舶しか利用できず、今では物流の大型化に対応できず、“バンコク・バー”の外海に水深の深いレムチャバン港を新規に開港した。
そして現在では、大型コンテナ船を初めとして大型バルク船、大型自動車専用船などのターミナルも完備し、大型貨物船のみならずプリンセス・クルーズなどの大型豪華客船もここまでが接近・接岸できる限度で、直接観光都市バンコクに乗り入れることはできない。
レムチャバン港で24時間休み無しに処理される大量の物流、近代的で効率的な港
湾付帯設備をつぶさに視察して、テインセイン大統領はミャンマーの未来図をより具体的に見据えることができたものと推察される。河川港はどこでも同じような問題を抱えており、イラワジ川支流のヤンゴン川に沿ったヤンゴン港も常に浚渫を行って水深を確保せねばならない。バンコク港と同じ宿命を抱えているわけである。
百聞は一見に如かずである。ヤンゴン港の外海となるティラワ深海港およびダウェー深海港の必要性と重要性を今回のタイ訪問で大統領は心底認識し確信したものと思われる。
そして翌23日(月)両国の首脳は共同記者会見で、ミャンマー側のダウェー深海港とタイ東岸のレムチャバン深海港を戦略的にリンクする回廊計画に合意し、8月から両政府ともに複数の大臣による定期会合を開催すると発表した。
一時はこのダウェー計画を推進するイタリアン・タイ開発会社の企画遂行能力に疑問が呈され、25%のシェアを持つミャンマーの巨大資本家マックスグループの撤退、ミャンマー政府による4,000メガワットの火力発電の中止命令、環境問題活動家のマスコミを通じた抗議、広大な範囲の計画予定地からの強制立退きに伴う住民の不満などで、このプロジェクトそのものに暗雲が立ち込めたが、今回の両国首脳の共同記者会見でその危惧が一掃されたものと思われる。今回合意された8月からの大臣クラスによる定期協議会の進展を見守りたい。
<地政学上の歴史的経緯>
この辺りから世界地図を広げていただきたいのだが、日本は周りを海に囲まれ輸入・輸出ともに大量の貨物を海上輸送に依存している。そして地球上の原油輸送の4分の一がマラッカ海峡を経由して主にペルシャ湾からアジア市場に輸送、世界で海上輸送される製品の4分の一がこの海峡を経由していく。その恩恵をもろに受けているのが日本を初めとする中国・韓国・台湾などのアジア諸国である。
このマラッカ海峡は世界で最も重要な海上交通路のひとつといえるだろう。広々としたインド洋と広々とした太平洋を連結する海峡だが、ズームアップすると北西のアンダマン海と南東の南シナ海を直結している。マレー半島とスマトラ島に挟まれた全長約800kmのマラッカ海峡は最狭部が2.8km、最も水深の浅いところは約25mしかない。ここに年間5万隻以上の船舶が集中し、一日15百万バレルの原油が通過する。インド洋でも太平洋でも大型船舶は広大な大海原を堂々と邁進するイメージをもたれるだろうが、燃料費など省エネ経済効率をぎりぎりまで要求される海上輸送では、現代の船舶が選択できる航路は細い一本の線でしかない。F1のポールポジションのような正確さで一点を目指す。それがパナマ運河であり、マラッカ海峡である。しかも、マラッカ海峡では季節によってスマトラ島の焼き畑農業による煙・靄が太陽をさえぎり対岸のシンガポールまでも覆い尽くす。視界不良によって当然各船の操舵手は速力を落とす。最も混雑する地点で速力を落とせばどういうことになるか陸上でも海上でも同じである。慢性的な混雑が発生する。ソマリアだけでなくマラッカでも海賊が活躍する歴史的な必然性が備わっているのである。現代ではスピードボートの使用で海賊にも効率的な稼ぎが約束されている。シンガポールの、そしてインドネシアの海軍が警戒パトロールするものの、一日130数隻、年間5万隻に上る船舶を警護できるであろうか。
そこでマレー半島を東西にリンクするアイデアが何度浮上してきたことだろうか。マレー半島を東西に掘削しここにパナマ運河を再現するのである。日本の通産省・運輸省・エネルギー省・外務省・石油公団・銀行・商社・海運会社・土木工学などなどの専門家を巻き込んだ連合体を組織しその可能性を探った。
資源の乏しい日本の海外依存度は、資源エネルギー関係では原油が99%以上、天然ガスが96%以上、鉄鉱石が100%、石炭が99%以上を輸入に依存しており、食糧関係も60%を輸入に頼り。国際貨物輸送における海上輸送の役割は重量ベースで99%以上、金額ベースで約70%となっている。
当然、識者の視点が絞り込むのは半島で最狭とされるかの有名な“クラ地峡”である。マレー半島の中央部にはチベットから面々と続く山系が背骨のように走っている。しかし、アンダマン海に注ぐクラ川の河口域からその最奥部を活用すれば、そこからマレー半島東岸のサウィ湾(チュンポン近く)まで僅かに44kmの運河掘削で済む。これによって960km(600海里)の海上運送コストを削減し、インド洋と太平洋がリンクできるとする夢のアイデアである。実はこの発想は日本のコンソーシアムのみならずタイ政府を含む各国政府や多国籍企業連合が百年以上にわたって挑戦しては実現できなかった難題なのである。
2004年にワシントンポスト紙が密かに入手した情報では、中国がその全費用を負担するとして運河掘削を提案し、タイの政治家何人かがその案を支持したにもかかわらず、資金的な問題そして自然環境に対する破壊および影響が計り知れないとして認可は下りなかった。さらには“クラ地峡”にパイプラインを設置して、両サイドに原油タンカーを待機させればアジア市場での原油受渡価格がバレル当り50セント安くなるとの代替案も提出されたが、その後の進展は不明である。
<夢の回廊>
そこで注目されるのが、ミャンマー南部のタニンタリー管区の首都ダウェーに、タイ最大手のゼネコンであるイタリアン・タイ開発社が工事を請負い、500億ドルを投入して250平方キロの敷地にアジア最大級の臨海工業地帯を開発するダウェー深海港のプロジェクト。このダウェー深海港から陸上ルートで混雑するバンコク市外を迂回してレムチャバン深海港へ陸上輸送するランドブリッジの構想。さらにはこの陸上回廊はカンボジアを経由してベトナムのホーチミンへつながる。
話はさかのぼるが、昨年12月19-20日、ミャンマーの首都ネイピードで“GMSサミット”が開催された。これはカンボジア・中国・ラオス・ミャンマー・タイ・ベトナムという大メコン川流域の6カ国首脳が話合いアセアン先進国との経済ギャップを埋めるための地域会議である。中国が主導権を握り、今回のホスト国がミャンマーであったことに注目願いたい。
この会議のあとタイのインラック首相はヤンゴンに飛びタイ大使館内でスーチーさんと30分間会談しています。その写真が翌朝のバンコクポスト紙第1面を大きく華やかに飾りました。
2006年に国外追放されたタキシン元首相はその後英国からUAEのドバイに居を移し、現在もそこで仮住まい中である。そこからネイピードに自家用ジェット機を飛ばしテインセイン大統領のみならずタンシュエ前国家元首にも面談している。
スーチーさんが2010年11月に自宅軟禁を解かれた後、初めて会談した国家首脳がタイのインラック首相である。ヒラリーさんは外務大臣で国家リーダーではない。“GMSサミット”という国際会議デビューもそうだが、実の妹のこの歴史に残る出会いを演出し露払い役を果たしたのが兄のタキシン元首相である。
この後、タキシン元首相の自家用ジェット機はネイピードからヤンゴンを跳び越して南のダウェイ空港に降り立つ。政界から追放されたとはいうもののタキシン元首相は出身はビジネスマンである。「ダウェイ計画」はタイ主導のプロジェクトである。それだけにタキシン元首相がどれほど深くこのプロジェクトに絡んでいるかが見えてくる。ありがたいことに実の妹が現役のタイの首相である。操り人形と揶揄される所以でもある。2012年早々、タイは財務大臣・運輸大臣・エネルギー大臣をダウェイ視察に送り込んだ。タイ側のこのビッグ・プロジェクトに対する意気込みと粘り強い対応が見えてくる。
そしてタキシン元首相の自家用ジェット機がダウェイを後にしたのが、インラック首相がネイピード入りし国家首脳として赤絨毯で迎えられる2日前であった。
外交プロトコールに則っての国家元首の訪問には、相応のお礼参りが求められる。テインセイン大統領のそれが実現したのが、2度という異例の延期を間に挟んだものの、今回の7月22日であった。
スーチー議員の華やかな海外訪問の陰で、着実に仕事をこなしていくテインセイン大統領の仕事振りにはミャンマーウォッチャーとして目を離せないものがあります。
今回は両国の首脳がトップダウンでこの計画をバックアップするとの意思表示であった。実際にこのプロジェクトを取仕切るイタリアン・タイ開発社にとっては、元々関係の深い日本企業からの資金援助も取り付けたいところだろうし、利益を共有する中国・韓国を見据えた売り込みも検討中のようである。一方、環境問題活動家の動き、立退きを迫られた住民のマスコミ対応も気に掛かるところだ。
そして現在、タイには外資最大の日系企業が7,000社以上も進出しており、タイで製造された自動車を初めとするブランド製品を中近東・アフリカ・欧州など国際市場に出荷するに当たりダウェー深海港の国際競争上のメリットは図り知れないものがある。
今回調印された覚書に従って来月から機能するという大臣クラスの定期協議会の進捗状況に今後は注目していきたい。
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