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<ミャンマーで今、何が?> Vol.143
2015.05.07
http://www.fis-net.co.jp/Myanmar
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■2008年5月2日
・01:ポスト水祭り
・02:そのとき海上では
・03:ミャンマーの台風、サイクロン・ナーギス
・04:深夜の暴風雨
・05:ポスト・ナーギス
・06:天災は忘れたころにやってくる
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01:ポスト水祭り
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毎年、ミャンマーの水祭りは猛暑の真っ只中に行われる。天が焼け地が乾ききり、一滴のお湿りもない。その我慢が限度に達した時季に水祭りは設定されている。ありがたいことに、この数日間だけは、水と電気がふんだんに振舞われる。だから、最初は乾ききった地面が水を撥ね返し、地下に染みこまずに洪水のように道路を走り流れていく。
その行き着く先は、道路脇の樹木や植物である。最初は撥ね返していた地面が徐々に水を吸収し、樹木の根が、毛根が、その水分を吸収していくのだろう。だから、水祭りは、ミャンマーの人たちがハッピーになるのと同時に、道路端の植物が生気を取り戻し、生き生きとする瞬間でもある。
人工のつかの間の錯覚にひとびとは大喜びするが、水祭りが終わると、また自然の厳しさをひとびとは再認識する。ミャンマーでもっとも耐え難い本格的なスーパー酷暑が待っているからだ。それがモンスーン雨季直前の5月である。直視はできないが太陽は灼熱の白色光となっている。五月晴れなどといったら、ミャンマーを知らないと、恨まれることだろう。それがポスト水祭りの5月である。
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02:そのとき海上では
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この季節は天が焼け地が乾ききるだけでなく、海上にも異変が起こりはじめる。ミャンマーを南北に走る長い海岸線はベンガル湾に面し、そのさらに西側はインド洋である。
赤道から北回帰線にかけての海上では、天が焼け、海水が沸騰する。沸騰した海水が水蒸気となり、気圧の高い海面から、気圧の低い上空へ異常な速度で昇っていく。海面の空気が薄くなり、低気圧が発生する。この熱帯低気圧がベンガル湾、インド洋の至るところで発生し、この海域一帯ではサイクロンと呼ばれる。これが発達すると暴風雨を伴ってくる。
この熱帯低気圧はアナタのゴルフといっしょで、フックしたり、スライスしたりと、どっちの方向に飛んでいくかわからない。その迷惑なスライス球がミャンマーに飛び込んできた。今から7年前の2008年5月2日のことであった。ちょうどポスト水祭りの季節である。
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03:ミャンマーの台風、サイクロン・ナーギス
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2008年5月2日、最初の一粒が天から降ってきた。子供たちは敏感に反応し、外に出て大はしゃぎした。子供たちだけでない、大人たちも大望のモンスーン雨季入りと大喜びした。普通トロピカルのスコールは30分から1時間も降れば、あとはまた強烈な太陽に晒される。
だが、この日は違った。夕方になっても雨が降り止まないのだ。辺りが暗くなるころ風雨はますます激しくなった。しかも、稲光まであちこちで走っている。そのうちに、ちゃちな取り付けの看板らしきものが飛ばされ、安普請のトタン屋根がめくり上がり、雨が横なぶりになってきた。
繰り返すが、この日も灼熱地獄のヤンゴンである。どの家も、暑苦しい日中は窓は開けっ放し。スライド式の窓ならまだしも、横風を取り入れるために観音開きの窓が結構多い。そこに強風が吹けば、閉じたり開いたりと観音開きが大きくスウィングする。そのうちに、観音開きのガラス窓が、バタンと閉まった瞬間に砕け散る。そのガラスの割れる音が方々で聞こえる。
ビルの上階で、窓を開けっ放しのまま、帰宅したと思われる事務所も、いくつかある。とくに事務所やホテルなどの、上階にあるトイレの窓は換気も考えてか、開けっ放しが多い。これらのガラス窓がほとんどやられた。外はすでに暴風雨なので、下を通行する人がいなくて幸いであった。だが、ガラスの割れる音があちこちから聞こえてくる。
レインツリーの大木が大きくゆったりとスウィングする。そこは、何種類かの鳥類の棲家でもある。危険を感じたのか、そのうちの何羽かが壊れたガラス窓から必死に飛び込んでくる。だが、部屋の中には小鳥が落ち着ける場所はない。そしてコウモリが一羽また危険を冒して外に飛び出していく。
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04:深夜の暴風雨
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ここは下街のど真ん中。某ゲストハウスの6階。しかも、二面がガラス窓の角部屋。見晴らしは良い。遠くはティラワの港湾施設まで見渡せる。
一応はアルミサッシの窓だが、コストをケチったかなりの安普請である。隙間風なんていうものではない。風がヒューヒューと吹きぬける。風だけではない。横なぶりの雨が部屋に吹き込んでくる。幸いなことに溜まりに溜まった新聞紙がたっぷりとある。その新聞紙を窓とベランダに通じるドアの下の隙間に何重にも重ねて詰めていく。
窓の下辺部、そしてドアの下と、一通り詰め終わったころには、新聞紙はたっぷりと雨水を吸い、水の中に溺れている。さらにそれを押し付け、乾いた新聞紙で包むように押し込んでいく。それでも雨水は部屋の中に浸入してくる。パソコンに雨水がかからないよう窓辺近くの机を部屋の真ん中に移動させる。
窓の外は稲妻のせいで、日中のように明るくなる。気がつくと、ベランダの物干しに使う竹竿が吊り具から今にも落ちそうだ。これで、窓ガラスを割られたら部屋の中が風速何十メートルとなる。6階から下に飛んでいったら、どんな大惨事になるかとぞっとする。下の道路にはかなりの車が駐車している。冒険だったが、慌ててベランダのドアを開いて竹竿を部屋の中に取り込む。これでベランダには暴風雨で飛ばされるようなものは何一つ残っていない。
書き忘れたが、2日の日中からすでに街中は停電で、もちろんエレベーターも動かない。日本では縁のない話だが、停電で一番困るのが、トイレである。電気がなくて単に暗いなんてものではない。ミャンマーの家庭では、電動ポンプで水道水を汲み上げ、トイレをはじめとした生活用水として使用する。トイレの水を使用後流してしまうと、タンク漕に水が溜まるまで時間がかかる。ここで停電となると次の人が困るのだ。
普通の停電ならば、ローソクとライターが役に立つ。だが、暴風雨が吹き抜ける今、ローソクの使用は躊躇してしまう。火災事故が怖い。たしか懐中電灯があったはずだ。ローソクがなくてもカーテンを取払えば、外の稲光でけっこう用はたせる。外の状況も、まるで映画の一シーンのようだ。くっきりと見える。雨が真横に飛んでいくのを、はじめて経験した。そしてどこから飛んできたのか、大きな立て看板とトタン屋根が真横に飛んでいく。
その立て看板が新築中の高層ビルの外壁に突き当たると、外壁のモルタル部分が落下して、下地のレンガ壁が大きく剥き出しとなる。電線が大きく垂れ下がり、端っこのほうは地面の水溜りに水没している。停電が回復したときのことを想像するとゾッとする。
外の状況も気になるが、室内も気になる。深夜になるにつけ、風力は強まっているようだ。南側の窓が暴風に押し付けられ内側にしなりはじめた。ひとつでも窓が破壊されたら、室内のものは残らず吹き飛ばされるだろう。そう考えると、ありとあらゆるバッグやビニールの袋に手当たり次第にパッキングをはじめた。パスポートと財布、もっとも重要なものを第一番に。最後はどこかに避難するとして、多くても二つのバッグにまとめるべきだ。
あっ、あの大木が倒れる。眼下でのスローモーションを唖然として見つめる。大木が電線を倒し、電柱をなぎ倒していく。そのころには、このゲストハウスのビルの周りは、すべて冠水している。裸足で逃げ出す場合も想定して、抗生物質など薬品も、重要物としてまとめた。
この状況は5月3日の明け方まで続いた。辺りの道路は路地も含めて、すべて水没している。
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05:ポスト・ナーギス
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それから、約一週間、近くに井戸があることを聞き及び、バケツを借りてきて、貰い水し、一日数回、6階の部屋まで途中で休み休みし階段を往復した。
階段を上りながらこのとき考えた。この地球上で、人間ほどいい気になっている生物はいないと。人間は進化して、万物の霊長になったなどというが、人間ほど、後始末の悪い生物はいない。お前はいったい何度トイレに行けばすむのだ。腹がへったといえば、何か喰い、喉が渇いたといえば、水を飲み。それで静かにしていれば、まだしも。その挙句にトイレに行きたいという。ほうぼうに迷惑なクソとションベンを撒き散らす。
その点、植物はエサを探して、町をほっつき歩くこともなく、朝昼晩、春夏秋冬、そして一生動かず、ひとつ所にじっとしている。ワレワレは謙虚に植物人間となる努力をすべきではないだろうか。
それを謙虚でない実業家や政治家、そして経済学者は、若年労働力が不足している、もう少し人口増加に寄与するインフラを整備したいなどと、経済効果からしか世の中を見ていない。もう地球人口は爆発寸前の飽和状態である。
ミャンマー政府はイラワジ管区におけるナーギス台風の死亡確認を途中で投げ出してしまった。だが、発表された14万人をはるかに越える犠牲者を出したことは間違いないだろう。
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06:天災は忘れたころにやってくる
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これは夏目漱石の門下生・寺田寅彦の言葉とされるが、今の時代は、地球規模で見ると、忘れぬうちに天災が次から次と押寄せてきているような気がする。
アメリカ西海岸の自然発生の山火事、オーストラリアの大干ばつ、アジア各地での大地震、そしてそれに伴う大津波、ネパールの大地震はエベレストの雪崩現象まで起こしている。世界各地での火山爆発、太平洋の台風・メキシコ湾のハリケーン・インド洋のサイクロン・オーストラリア北西部のウィリーウィリー、アメリカ大陸のトルネードなどなど枚挙に暇がない。
これは人類をつくった神ではなく、八百万の自然の神々が思い上がった人類に対して鉄槌を下したのではないだろうか。
ミャンマーの5月2日は、それらを思い出させ、人生というものは、経済発展という側面だけで、とらえるものではないということを考えさせる、記念日のような気がする。
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